出世を妬まれ、左遷される

 895年(寛平7)には従(じゅ)三位(さんみ)に叙されて中納言になるが、それからわずか2年後には権大納言に任ぜられ、さらに2年後には右大臣まで昇りつめる。道真公55歳のときであった。
 だが、こうした栄達をこころよく思わない者たちがあらわれる。有力豪族として、古代から朝廷の高い地位を独占していた藤原氏にとって、いわば成りあがり者であった道真公の存在は、疎ましく思われたに違いない。
 左大臣藤原時平たちは共謀して、道真公が謀反を企んでいると、宇多天皇のあとを継いでいた醍醐天皇に密告したのである。この讒言(ざんげん)によって、道真公は右大臣の職を召しあげられ、大宰権(だいざいごん)帥(のそち)という地位に落とされてしまう。

トップへ
戻る

制作・著作 ときがねっと