東金の歴史に詳しい方の話では

 八鶴湖湖畔にある最福寺は、1490年頃、安国山として今よりも広い境内がありその敷地内に、最福寺のお宮として存在していたと残っていますが、詳しい内容は現在調査中です。
 あくまでも推測の話にはなってしまうのですが、江戸時代に活躍していた「板倉家」※が京都の北野天満宮を崇拝しており、当時は、天満宮と称していましたが、その分社を自らの領地に建てたのではないかと推測されます。
 これも推測になってしまうのですが、その当時から菅原神社祭典も行われていたのでは、ないかと思われます。
 その後、明治初年に現在の菅原神社として建立したという話です。
※板倉家とは、江戸時代に幕府の中枢で活躍していて寛文11年(1671年)に幕府より現在の上宿、谷、岩崎、新宿、田間、豊成の二又地区を拝領し、領地としていた名家。
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